日本ベンチレスト射撃協会紹介    ホームに戻る
ポリシー
 日本ベンチレスト射撃協会は、基本的には「仲良しクラブ」です。
 日本ライフル射撃協会等と違い、世界選手権や、その他の国際大会に参加するのも、
 参加したい人は原則参加できると言うお気楽な体質です。

 ベンチレスト射撃競技は究極の命中精度を競う射撃競技です。
 100mでは5発の弾痕がワンホールになるのは当たり前の事です。
 3発、あるいは4発しか撃たないで、5発撃ったと主張してもあるいは通るかも知れません。
 しかしそれでは何の意味もありません。
 我々の競技大会はスポーツマンシップが無いと成立しない射撃競技なのです。
 当協会では射撃大会でも賞品も賞状も一切出しておりません。
 これは仲良しクラブとして運営するためあえて、射幸心をあおらないと言う趣旨の為なのです。

 基本方針
  ・安全第一
  ・楽しい射撃クラブ
  ・情報の迅速な公開・伝達
  ・正確な会計処理


沿革
 1985年(昭和60年)6月1日 設立 
    初代会長(兼事務局)奥城宣俊氏、会員数72名で発足
 1993年 築地恵氏が会長に就任
    会員も100名以上になり、地方でも大会が開かれるようになりました。
 1996年 初代会長 奥城宣俊氏逝去
 1997年10月 アリゾナの世界選手権に初めて5人出場しましたが散々な成績でした。
    このあと毎年、カクタスに数人参加しています。
    ベンチレスト専用銃が増えてきました。 
 1999年10月31日 ターク高野さん来日 ベンチレスト講演会開催
 2000年 3月 カクタス初参加  4人
 2001年 3月 カクタス2回目  3人
 2001年11月 ニュジーランドの世界選手権に7人出場し、成績はまあまあでした。
 2002年 4月 加藤さんがカクタスで1リレーですがトップになりました。快挙
 2002年 9月 築地恵氏が名誉会長になり湖東善明氏が会長に就任しました。
           ハンタークラスが新設されました。
 2003年 4月 築地さんと井上さんがカクタスで賞金を獲得しました。
 2003年 5月 SBベンチ(BR50)が始めてテスト的に行われました。
 2003年 8月 1日 公式ホームページが公開されました。
 2003年 9月 SBベンチ(100mグルーピング)が始めてテスト的に行われました。
 2003年 9月26日 ホームページアクセス”10,000番目”は小澤常雄さんでした。
 2004年 4月 殿堂入り規定が新設されました。
 2004年 5月 スーパーシュートに6人出場しました。
 2005年 1月 会計年度が1〜12月に変更になりました。
 2005年 7月17日 川村さんが最初の殿堂入りとなりました。
 2005年 9月 USAの第8回世界選手権に6人出場し、井上さんがLV200で8位でした。
           井上さんには「日本のベンチレストの神様」の称号が贈られました。
 2005年10月31日 ホームページアクセス100,000番目は小澤常雄さんでした。
 2006年 9月 1日 二人目の女性会員が入会しました。万歳!
 2007年 1月26日 二代目会長 築地恵氏逝去
 2007年 5月 スーパーシュートに2人出場しました。
 2007年 8月 オーストリアの第9回ベンチレスト世界選手権に3人出場しました。観戦記
 2008年 8月2、3日 山形県舟形射撃場で大会が開催されました。観戦記
 2009年 6月21日 山形県舟形射撃場でサクランボ射撃大会が開かれました。スナップ写真
 2010年 6月20日 今年も山形県舟形射撃場でサクランボ射撃大会が開かれました。スナップ写真
 2010年 9月 湖東善明氏が会長を辞任し、平澤和実氏が会長に就任しました。
 2010年 9月10日 談話室投稿10,000番目は小澤常雄さんでした。

大会
 年に7回程度開催されます。 長瀞4回、西富士3回です。
 地方大会や個人通信競技もあわせて開催されます。
 賞品や賞状はありません。名誉だけです。

海外遠征
 ほぼ毎年、アリゾナのカクタスシュートやオハイオのスパーシュートなどに有志が参加しています。
 世界選手権は2年に1回です。ほぼ自由に参加できます。
 参加費用は全て実費計算ですので、旅行社のパック旅行並の費用で参加できます。

 現在の我々のレベルは昔とくらべると隔世の感はありますが、まだまだ世界的なレベルと比較すると
 我々は丁度中間くらいにあるのではと思われます。
 ベンチレスト射撃の世界は多くの経験や体験で学ぶことが少なくありません。
 是非とも多くの人が海外の大会に参加され、多くの体験を通じてベンチレスト射撃を学んで
 頂けたらと思っております。

現在の理事・会員

 平澤和実   会長、会計監査
 宮川雅雄   会計、海外担当
 清水輝男   射場管理
 川島 修    IT管理
 小澤常雄   事務局
 大瀧澄雄   経理、射場管理

 2003年4月現在の会員は70名(女性会員1名)でした。
 2004年4月現在の会員は63名(女性会員1名)でした。
 2005年1月現在の会員は67名(女性会員1名)でした。
 2006年1月現在の会員は65名(女性会員1名)でした。
 2007年1月現在の会員は70名(女性会員2名)でした。
 2008年1月現在の会員は72名(女性会員2名)でした。
 2009年1月現在の会員は68名(女性会員2名)でした。
 2010年1月現在の会員は68名(女性会員2名)です。


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立ち上げ時の状況(築地名誉会長のお話)
 ベンチレスト射撃協会は、私と、すでに逝去された奥城さんとで立ち上げた協会です。
 当時はまだ6ミリPPCと言う薬莢もなく、森桂弘さんがソ連から持ち帰ってきたAK74の薬莢を
 流用して作ったのです。
 ソ連の薬莢はプライマーホールが2つなので、水圧で雷管を抜いて、そこに通常のスモール
 プライマーを装着するのですが西側の雷管はソ連製と比べると0.2〜0.3ミリくらい小さいのです。
 そのため瞬間接着剤で止めて使ったのです。
 当時のデーターは全て70グレイン以上の弾頭を使っておりました。
 これでは当たらないと気付くまで1年以上かかりました。
 60グレインの弾頭を使いやっとまともに当たるようになったのです。
 その命中精度は驚異的でした! 当時の大会では100mで2cmくらい当たれば驚嘆の嵐でしたから、
 1cmくらいのグルーピングが出て非常にビックリしたものです。

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